「14番札所常楽寺はワイルドな境内と小さなアララギ大師がある&障害年金」

こんばんは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。💮🌸

5時半くらいに物音が聴こえたのは夫が朝早くから散歩に行ったようです。(#^^#)
帰ってからシャワーに浴び朝食を済ませてデイサービスへ行ってくれました
あまりお節介やくと嫌がりますので、一人エレベーターに乗り一階の通路の木の下で迎えに来て下さるまで待っていました。💮🌸

私も寒かったですが上から部屋と外を行ったり来たりしながら様子を見て車に乗って行ったことを見届けて
パソコン作業いたしました。💮🌸

糖尿病が悪化していますので菊芋の粉を朝は牛乳、夜はみそ汁に入れているのですがめまいがすると言い出して
デイサービスへ行く時も帰ってきた時も(あの粉を飲んだからだと言うので夜は粉無しでした。(笑う)

 

昼食後障害年金の手続きなどしていただきます事務所へお送りしなければならない書類を一通送りました。💮🌸

 

今日写しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は横浜駅前、今日は近くのスーパーでウクライナの寄付を集めていらっしゃいましたので気持ちばかり寄付いたしました。🎈✨🎈✨🎈✨

 

 

 

 

徳島県徳島市|14番札所常楽寺はワイルドな境内と小さなアララギ大師がある猫いっぱいのお寺のリンクを貼らせていただきました。🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

 

 

徳島県徳島市|14番札所常楽寺はワイルドな境内と小さなアララギ大師がある猫いっぱいのお寺🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

https://tokushimagoshuin.com/tokushima-jyourakuji-goshuin

 

 

常楽寺について

寺伝によれば、空海(弘法大師)がこの地で修行をしていた際に、弥勒菩薩が多くの菩薩を連れた姿を感得した。そこで霊木に弥勒菩薩を刻み堂宇を建立して本尊として安置したという。空海の甥に当る真然僧正が金堂を建立、祈親上人が講堂、三重塔などを建立し七堂伽藍の大寺院となったと伝える。🙏🙏
天正年間(1573年 – 1592年)に長宗我部元親の兵火によって焼失。万治2年(1659年)に徳島藩主蜂須賀光隆によって、現在地より下った谷間に再興された。文化12年(1815年)に元の山上への建て替えを願い出て、3年後、低地の谷間から石段を50段ほど上った現在地に移転した。🙏🙏

Wikipedia常楽寺(徳島市)より引用)

常楽寺は現在はそれほど大きなお寺ではありませんが、かつては七堂伽藍を持つ大寺院でした。🙏🙏

天正年間(1573年~1592年)、やっぱり長宗我部元親の兵火によって焼失。万治2年(1659年)に3代目藩主・蜂須賀光隆公によって再興されました。

文化15年(1815年)にお寺の下にあるため池が作られ、常楽寺は現在地に移転しています。移転のときに山を削り、岩盤の上に本堂を建てたため、岩盤むきだしの光景が珍しいお寺になりました。🙏🙏

正式には盛寿山(せいじゅざん)延命院(えんめいいん)常楽寺(じょうらくじ)といい、高野山真言宗のお寺です。🙏🙏

 

 

第14番札所 Jorakuji 常楽寺🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

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