「6番札所安楽寺には温泉が湧く!本堂にはガチャガチャがある楽しいお寺&動画」

こんばんは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。🏯🏰

昨日清掃当番の事やっていて良かったあまり良い天気と言えずに少し寒くも有ったからです。

午前中夫のストーマの件、高額医療費の件、自治会の件などそれぞれ書いて送ったり、ポストに入れたりしました。(#^^#)🏯🏰

今日も入院先の検索とメンタルアドバイザーのクリニックさんなど探して、町田市内にも良いところが有りました。(使うか使わないかは別ですが・・・)

午後恩田川の散歩をしながら、成瀬弁天公園に行き弁才天さんにお参りして近くのスーパーでお買い物でした。🏯🏰

 

その時の写真です。

 

 

 

サクラはピンクの花は咲いていますが、後はまだ開花とは言い切れないです。(笑う)

 

 

 

 

 

徳島県板野郡|6番札所安楽寺には温泉が湧く!本堂にはガチャガチャがある楽しいお寺のリンクを貼らせていただきました。🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

 

 

 

徳島県板野郡|6番札所安楽寺には温泉が湧く!本堂にはガチャガチャがある楽しいお寺🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

https://tokushimagoshuin.com/tokushima-anrakuji-goshuin

 

 

安楽寺について

寺伝によれば弘仁6年(815年)に現在地よりおよそ2km離れた安楽寺谷に、空海(弘法大師)が堂宇を建立し薬師如来を刻んで本尊としたという。往時は温泉湯治の利益で、山麓から広大な寺域を誇り十二宇門甍を接し鈴鐘の響きが絶えることがなかったが、天正年間(1573年 – 1592年)に長宗我部元親の兵火により焼失し荒廃した。 万治年間(1658年 – 1661年)に現在地に駅路寺であった瑞運寺を併合して再建される。🙏🙏
承応2年(1653)巡拝した澄禅の『四国遍路日記』では「駅路山浄土院安楽寺」、貞享4年(1687)刊行の『四国辺路道指南』には「六番安楽寺又は瑞運寺とも云う」、元禄2年(1689)刊行の『四国徧礼霊場記』には「瑠璃山日興院瑞運寺」、寛政12年(1800)刊行の『四国遍礼名所図会』には「六番温泉山安楽寺」と名称が変遷している。🙏🙏

Wikipedia安楽寺(徳島県上板町)より引用)

安楽寺は弘法大師による創建。創建当初の安楽寺は現在地から約2.5km離れた「安楽寺谷」にありました。弘法大師はこの地で温泉を発見し、その温泉が民衆を病から救う薬師如来と縁が深い土地であると考えました。山号と寺号は弘法大師が名づけたものです。🙏🙏

長宗我部元親の天正の兵火によって焼失し、万治年間(1658年~1661年)に瑞運寺を併合して現在地に再建されました。

江戸時代には徳島藩の初代藩主・蜂須賀家政公が安楽寺を駅路寺に定め、四国霊場では唯一の駅路寺です。🙏🙏

駅路寺(えきろじ)
遍路や旅人のために食事や宿などを提供する藩の保護を受けた施設のことで、安楽寺の宿坊は駅路寺から400年の歴史があります。

正式には温泉山(おんせんざん)瑠璃光院(るりこういん)安楽寺(あんらくじ)といい、高野山真言宗のお寺です。🙏🙏

 

 

 

 

 

 

 

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