「【2番札所極楽寺境内】四国遍路を始めて最初に目にする中務茂兵衛標石」

こんばんは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。🍓🍋

パートのお仕事もやめましたので今日はゆっくりでした。

目がへこんで疲れたような夫ですが、何とか食欲も出てきているように思えます。(#^^#)🍓🍋
コロナ3回目のワクチン接種後6日で体調もおかしかったので、町田市にメールして昨日東京都に新型コロナのワクチンで副反応に知てのお電話を教えてもらいましたので、今日電話してみましたところ副反応とは言い切れないとの回答でした。

夫も私も高齢者なので今後のことを考えて老人ホームのサイトを開き観ましたが介護度が足りなかったり年金暮らしの者が入れそうも有りませんでした。🍓🍋

夫のガラクタを処分して、自宅にいてもらい、万が一の時は入院してもらいます。
葬儀場のことや不用品回収業者など調べました。(心の準備です笑)🍓🍋

 

午後3時にケアーマネージャーさんが来て下さり話をお聞きしていただきました。😄😄

 

2020年3が16日の写真です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2番札所極楽寺境内】四国遍路を始めて最初に目にする中務茂兵衛標石のリンクを貼らせていただきました。🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

 

 

 

 

【2番札所極楽寺境内】四国遍路を始めて最初に目にする中務茂兵衛標石🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

 

https://pilgrim-shikoku.net/henroguidepost-nakatsukasamohe-precinctsofgokurakuji2

 

 

中務茂兵衛 < 弘化2年(1845)4月30日 - 大正11年(1922)2月14日 >

 

周防國大嶋郡椋野村(現 山口県周防大島町)出身。 18歳の頃に周防大島を出奔。明治から大正にかけて 一度も故郷に戻ることなく、四国八十八ヶ所を繰り返し巡拝する事 279回。バスや自家用車が普及している時代ではないので、殆どが徒歩。 巡拝回数は 歩き遍路最多記録 と名高く、また今後も上回ることはほぼ不可能な不滅の功績とも呼ばれる。 明治19年(1886)、茂兵衛42歳。88度目の巡拝の頃から標石の建立を始めた。標石は四国各地で確認されているだけで243基。札所の境内、遍路道沿いに多く残されている。🙏🙏

 

標石の正面・右面に表記されている内容は

第2番極楽寺の山門をくぐり、境内に入り参道を進んでいくと、左側に大きな宿坊の建物がみえます。その宿坊前の庭園スペースに中務茂兵衛標石が残されています。🙏🙏

標石は、お寺の門前や遍路道の分岐点に置かれていることがほとんどですので、意識してみていると比較的見つけやすいのですが、極楽寺の標石が現在置かれている場所は、この場所に標石があることを知らないと見落としてしまうと思います。🙏🙏

 

 

 

 

2番札所「日照山・極楽寺」四国八十八ヶ所巡礼企画🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

 

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