「真言宗の開祖・空海~今も日本人の心に生きる教えとは&お片付け」

こんにちは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。🍒🍑

昨日の朝、夫は朝食に食パン8枚切りを2枚と前日作った野菜類の自家製のドリンクに牛乳、そして菊芋の粉を入れて飲み
残り物のごぼう土佐にを食べて嘔吐してしまいました。🍒🍑

固形の物は出ていなくて緑色のドリンクのようなもの少しと唾液のようなものが含まれていたのです。
3回目のコロナワクチン接種後6日いなっていましたので、それの副反応かと思い町田市役所にはメールして有ります。

昨日の昼から飲み物も取らず、食べ物も取らずです。🍒🍑
明日クリニックさんへ連れて行こうと思っており、入院してもらった方が良いのではと思っています。

高齢になると体も悪くなってきますので、今日自分の物もかたずけています。
懐かしい写真や品物、様々出てくるのでその時のことを思い出しながら整理しました。🍒🍑

 

 

2019年3月13日の写真です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真言宗の開祖・空海~今も日本人の心に生きる教えとはのリンクを貼らせていただきました。🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

 

 

 

真言宗の開祖・空海~今も日本人の心に生きる教えとは🙏🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

https://www.famille-kazokusou.com/magazine/manner/31

 

 

真言宗の基盤を確立した空海の生涯

世に浸透している“空海”という名前。しかし、生まれたときは別の名前でした。まず初めに、空海と呼ばれるようになったいきさつを、彼の生涯を通じて明らかにします。🙏🙏🙏

香川県で出生

 

774年6月15日、空海は讃岐国(=現在の香川県)にて三男として誕生しました。幼名は「真魚(まお)」といい、幼い頃から聡明でした。桓武天皇の皇子の教育係を務めた伯父、阿刀大足(あとのおおたり)から詩や漢語、儒教を学んでいたそうです。15歳になると阿刀大足に誘われ都へ上り、学問に精進する道を選びます。

大学中退と「空海」の誕生

 

18歳になった空海は大学に入学します。しかし、そこは官僚養成のための、いわゆる出世のための勉強で、空海の求めているものとは異なっていました。困っている人を助けたい、それには、仏教の教えが重要だと考えた空海は、大学を中退し、僧の道に進むことを決意します。
大学中退後の空海は、修行の旅に出ます。奈良県や徳島県など四国各県で研鑽を重ね、20歳で僧侶になるための受戒をし、22歳で名前を空海に改めたとされます。高知県の室戸岬には、その名の由来といわれる洞窟「御厨人窟(みくろど)」があります。修行を終えた大師が、この洞窟から出たときに見えた空と海に心を打たれて、「空海」と名乗ったとされています。ただし、改名の年齢や由来は諸説あります。🙏🙏🙏

遣唐使として唐へ

 

修行を続けていた空海は、奈良県にある久米寺に納められていた密教の経典、『大日経』と出合います。密教の教えは経典を読んだだけでは分からない、と考えた空海は、唐(現在の中国)へ渡る機会を探っていました。
そして31歳(満年齢30歳)のとき、空海に転機が訪れます。遣唐使の1人として、念願の唐へ渡ることになったのです。804年7月6日、長崎県の田浦を出港し唐を目指す船団の船には、空海の他に最澄も乗っていました。最澄は、後に日本で天台宗を開く人物です。🙏🙏🙏

 

 

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