「指宿市周辺地域の観光&島津家ゆかりの寺院光明寺・動画2本」

こんばんは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。🎁🎀

今日も寒い日になりました。

パートの仕事が終わり、帰りは成瀬駅前のスーパーでお買い物して帰りました。(#^^#)🎁🎀

 

 

今日写しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周辺地域の観光のリンクを貼らせていただきました。🎁🎀🎁🎀🎁🎀

 

 

 

 

周辺地域の観光🎁🎀🎁🎀🎁🎀

 

 

https://ibusukiroyalhotel.co.jp/tourism/

 

 

今和泉 篤姫ゆかりの地

指宿市今和泉郷。幼稚園、小学校、高校と学び舎が立ち並ぶ裏手の松林を抜けると、桜島を背に凛とたたずむ一人の女の子の像があります。彼女の名前は「於一(おかつ)」、のちの天璋院篤姫。薩摩藩主島津家の御一門で、指宿を領地としていた今和泉島津家に生まれた篤姫は、 18歳で江戸幕府に請われ13代将軍徳川家定の3人目の正室として江戸城大奥に上がります。時は幕末の動乱期、夫の死後、落飾し天璋院となった篤姫を取り巻く状況も新時代に向けて急激に変化します。奇しくも生家である薩摩と嫁ぎ先の徳川幕府の間に立たされてしまった彼女の葛藤はいかばかりだったでしょう。しかし篤姫はあくまで徳川の人間として戦闘回避に尽力し、結果「江戸無血開城」という極めて穏やかな政権交代が実現。守られた大都市東京を中心に日本は近代化へと大きく舵を切り現代の礎に繋がっていくのです。「女の道は一本道。定めに背き引き返すは恥である」幼いころの養育係菊本の言葉通り、嫁いで以降47歳で亡くなるまで、終ぞ故郷である鹿児島には戻ることのなかった篤姫。貴方の“覚悟”が繋いでくれた今の世で、私も、私の一本道を確かに歩いていきたいです。🎁🎀

 

 

    ⇓ 篤姫ゆかりの地は九州88か所47番札所光明寺にに近いです。🙏🙏🙏🙏🙏

 

 

光明寺の御朱印~島津家ゆかりの寺宝を有するお寺~(鹿児島県指宿市)のリンクを貼らせていただきました。🎁🎀🎁🎀🎁🎀

 

 

 

 

光明寺の御朱印~島津家ゆかりの寺宝を有するお寺~(鹿児島県指宿市)🎁🎀🎁🎀🎁🎀

 

 

https://goshuin.138shinsekai.com/2021/04/10/koumyouji-kagoshima/

 

 

その他、このお寺には島津家ゆかりの寺宝があるそうです。

1951年、島津久光の曽孫・島津忠彦の夢枕に尼僧が立ち、『当家に伝わる弘法大師ゆかりの品を奉納するように』というお告げがあったそうです。🎁🎀

そんなこんなで、夢に出てきた尼僧を探すと、このお寺の川上妙貞尼がその人だったという!

ということでお告げ通り、島津家代々に伝わる弘法大師ゆかりの密教法具の1つ、金色の鳳凰をかたどった香炉と如意棒を島津家代々の祖霊の願文とともに奉納。🎁🎀

現在も寺宝として保管されているそうです。

ちなみに、この寺宝は年に1回元旦の日に拝観できるそうですよ。

 

 

 

 

 

 

 

野党が壊滅しそう。岸田総理の良いところ!🎁🎀🎁🎀🎁🎀

 

 

 

 

 

 

 

 

【新論文】ラムザイヤー教授が左翼の批判を一括!【朝香豊】🎁🎀🎁🎀🎁🎀

 

 

 

 

 

 

 

 

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