「南大隅町歴史のリンク・棟班長とパート先の仕事」

こんには・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。💝💢

昨日はパート先のお仕事も今年最後でした。

新しく働くようになった人二人で作業して、教えたことも忘れたりまだ作業内容が良く分かっていなかったです。
やる気があれば自分でメモをして覚えたいものですけれどもね・・・(#^^#)
来年しっかり作業してくれることを願っています。😄💥

12月分の自治会費の計算をして帳面をつけて来年1月~3月まで集金袋をお渡しする連絡員さんの階と部屋番号を記入して今日午後12時過ぎに透明なビニール袋入れてお配りしました。(ドアーポストが濡れていた場合集金袋まで濡らさないためにです。)🌱💮

これから年末年始に食べる買い出しに行きます。

 

 

 

南大隅町の歴史のリンクを貼らせていただきました。🍊🍄🍊🍄🍊🍄

 

 

南大隅町 自然(天然記念物1)

 


https://www.town.minamiosumi.lg.jp/kikaku/machi/machi/gaiyo/shizen1.html#a

 

根占塩入橋大クスの樹齢は千年以上といわれ本町の栄枯盛衰を物語る老木として町民の誇りのひとつでもあります。
今から約400年前雄川の河口は唐や南蛮の大きな船が出入りする一大貿易港でした。特に祢寝十六代重長は中国や琉球との貿易に力を入れその頃港に出入りする船がこのクスに綱を結んだと伝えられています。🍉🍇

 

 

歴史(縄文・弥生)

 

https://www.town.minamiosumi.lg.jp/kikaku/machi/machi/gaiyo/rekishi1.html

 

 大中原遺跡

 

鹿児島県その中でも大隅半島南部は開聞岳や桜島、硫黄島周辺の火山灰が多く推積しており遺跡の時代を知る上で大変参考となります。

平成9年度に発掘調査された大中原遺跡は肝属南部開拓建設事業に伴う発掘調査として行われました。時代としては縄文時代早期(約8500年前)主に吉田式土器と呼ばれる南九州で見つかる土器が多く出土しています。🍱🍝

 

この遺跡では集石(しゅうせき)と呼ばれる石をたくさん集めて焼き、その中に肉などを入れた昔の石蒸し料理あとが27ヶ所や石皿(いしざら)と磨石(すりいし)という木の実などをすりつぶしたりする道具、他に木を切るための石斧などが見つかっています。縄文時代とは土器の表面に縄をころがして文様をつけた土器を使っていた時代ですが、南九州では貝殻や木のヘラなどを使って文様をつけたものがたくさんあります。☕🍮

 

 

歴史(平安から近代)

 

https://www.town.minamiosumi.lg.jp/kikaku/machi/machi/gaiyo/rekishi2.html

 

平安時代から藩政時代までは両町とも禰寝院に属し、その後は島津藩の直轄地として発展しました。🍬🍮

廃藩置県で生まれた旧町村は、明治22年の合併で現在の形となり、その後、昭和16年に根占、昭和22年に佐多がそれぞれ町制施行しています。

昭和25年には猪鹿倉集落が根占から田代へ編入され現在に至っています。このため、両町は昭和の大合併は経験していません。🐞🏵

 

 

 

 

 

 

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