「履物の歴史~雪駄草履・草鞋のリンク&祖父も藁草履作っていました。」

こんばんは・・・鹿児島県(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街にすんでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。🍊🍑

今日もパートのお仕事に行ってきました。(#^^#)

朝起きて集積所にゴミ出しして、周りにチラシを挟み込んでいないか見て回り、ご先祖さんへ手を合わせ、朝食を取ります。
その後、パソコン作業を少しやってNHK朝のドラマエールを見ています。🌷🌲

涙の出てしまう場面が沢山ありますが、貧乏でもあきらめずに頑張っていくことで花が咲き実もなるそのように思えますし人との繋がりも大事なものですね。

10時半には自宅を出てパート先に向かいました。
パート先は12月いっぱいで、丁度一年になります。
なので今まで行き届かない部分を一生懸命に作業しています。

今日の晩御飯に長男がもらってきた卵で卵焼き、大根カニカマノマヨネーズ和え・昨日の煮物の残りとみそ汁です。
お陰様で長男が働かせていただいています会社は小さいですが息子にとってはいい会社です。🐝💮

南大隅町Uターンを考えていましたが、コロナで景気も思わしくありませんし、息子の仕事がなければ困りますので今のままで過ごします。

昔祖父が藁草履を作って売っていました。
一足5円か10円くらいだったと思います。🐞🏵

 

 

 

 

 

 

履物の歴史~雪駄や草履、草鞋の違い、ご存知ですか?のリンクを貼らせていただきました。🍏🌽🍏🌽🍏🌽

 

 

 

履物の歴史~雪駄や草履、草鞋の違い、ご存知ですか?

 

https://bushoojapan.com/jphistory/food-jp/2020/03/15/96155

 

 

「いざというとき裾をからげて走り、駆けつける」

 

庶民……というより農民が使っていた履物としては「田下駄」があります。🐲🐥

文字通り、水田などのぬかるんでいる地形で作業を効率化するために作られたものです。

こちらは弥生時代から使われていましたが、牛や馬に犂(すき)を引かせるようになると、あまり使われなくなりました。

「田」の字がつかない、浴衣などでお馴染みの「下駄」は、やはりお偉いさんが用いていたようです。💜❣

「草履(ぞうり)」や「草鞋(わらじ)」などはあたりから下層役人に使われており、武家社会でそういった「鼻緒がついた履物」が常用されるようになってから、下駄とともに一般化していきました。

そもそも「下駄」という表記が一般化したのも

では、なぜ武家や江戸時代の庶民に、鼻緒のついた履物が重宝されたのでしょうか。💢💙

これには「いざというとき(家族の急病や火事など)は裾をからげて走り、駆けつけるものだ」という江戸の習慣……というか、社会通念が影響したと思われます。

一昔前「佐川急便のトラックに描かれている飛脚のふんどしに触るといいことがある」というジンクスがありましたよね。💝💥

 

 

 

 

11月13日(金)に写しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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