「弘法大師(空海)の生涯のリンク・コロナ感染症対策」

こんにちは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。💜💥

今日はパートのお仕事はお休みです。

新型コロナウイルス感染症の感染者が毎日テレビで放映されているのを見ています。
これから秋になり、寒い冬がやってくるにつれインフルエンザやコロナで世の中がどのようになるやらで、気を緩めることはできませんですねー!💦💢

医療従事者の方々介護従事者の方々には、ご苦労様でございます、有難うございます。❤❤❤

来年の3月まで集合住宅の棟の班長をやっています。
9月13日(日)集会所の清掃当番なものですから、公園の清掃と違い室内は密になってしまいそうなので、清掃用の薄い手袋や手指の消毒液を自分で持って行ってみようかと思っています。
自分で持参される人もいらっしゃるかも分かりませんが。(マスクは皆さん着用されてる事と思います。)💮🌻

清掃するときの消毒液の作り方、使い方が専門家ではないので分かりませんからいつものやり方で良いのか。
新型コロナウイルスを集会所に持ち込まない、又自宅に持ち込まないために班長としてどのようにすればいいのか昨夜考えました。🌷🌴

 

 

 

弘法大師(こうぼうだいし)空海の生涯の引用とリンクを貼らせていただきました。

🍊🍑🍊🍊🍑

高野山は弘法大師様が開山され1200以上にもなります。
戦国武将のお墓も沢山あり、島津家のお墓も有ります。🍇🍏

 

 

弘法大師(こうぼうだいし)空海の生涯

 

 

https://true-buddhism.com/history/kobodaishi/

 

恵果は、有名な唐の玄宗皇帝が帰依した不空(ふくう)の一番弟子で、当時千人以上の弟子がありました。
弘法大師が訪れると、恵果は一目見るなりにっこりと笑みを漏らし、「そなたが来ることを長い間待っておったぞ。今日初めて会ったがはなはだよいではないか。わしももうよわい60、まもなく命尽きようというのに、密教を伝授する弟子がいなかったのじゃ。すぐに灌頂を行うぞ」🐞☘
と喜びました。
灌頂(かんじょう)とは、密教へ入門するときや、秘法を伝授するときに行う儀式です。

弘法大師は6月に胎蔵界、7月に金剛界の灌頂を受けました。
灌頂のとき、それぞれの曼荼羅に花を投げるのですが、どちらも真ん中の大日如来に花が落ちたので、 恵果は「不可思議なり、不可思議なり」と驚嘆しました。
こうして、弘法大師は恵果の弟子となったのです。🌺🌵

そして、わずか1カ月後の8月に、伝法灌頂を受けて、阿闍梨(あじゃり)となります。
阿闍梨とは師匠のとです。
当時、千人を超える恵果の弟子で、伝法灌頂を受けたのは弘法大師も含めて6名、金剛界と胎蔵界の両方とも授かったのは、弘法大師と義明の2人だけでした。しかしながら、義明は早く世を去ったので、弘法大師が唯一の後継者となったのです。🐞🕸
弘法大師はこうして、遍照金剛(へんじょうこんごう)の名前を授かり、真言密教の第八祖となったのでした。

恵果和は「真言密教の教えは、すべて授けた。早く日本に帰って教えを広めよ、わしは必ず日本に生まれ変わってそなたの弟子となり、共に教えを広めるであろう」と遺言し、12月15日、60歳で息を引き取ったのでした。🦀🐌

 

 

 

8月25日(火)に写しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Spread the love

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です