「西郷隆盛亡くなった最後の場所と言葉」(写真)

 

 

こんにちは・・・鹿児島県南大隅町(旧根占)出身で東京都町田市成瀬の自然豊かな街に住んでいます大園です。
「歌子のコラム」をお読みいただきまして有難うございます。🍅🥦

昨日9月24日(火)淵野辺の鹿沼公園まで行き写真を撮って来ました。
鹿沼公園は、主人が大腸がんで淵野辺総合病院に入院していたころに、時々気やすめに行っていましたので
久しぶりに行き懐かしくて心も癒されました。🍊🍅

白鳥もいたり、鯉やカモ・カメの生き物もいて写真に写し一時間くらいで帰った次第です。

 

 

 

 

2018年NHK大河ドラマの西郷どんは毎週日曜日に見て土曜日の再放送も欠かさずに見たものでした。
西郷どん役の鈴木亮平さんと大久保利通役の英太さんの素晴らしい演技に感動していました。👹😎

平和な毎日に心も体も緩んでしまいがちなので西郷隆盛の生き方や言葉にカツを入れて前向きに進みたいとの思いから

 

西郷隆盛の最後とは?亡くなった場所と最後の言葉というページが見つかり引用とホームページのリンクを貼らせていただきました。🍇🍊

 

 

 

 

 

西郷隆盛の最後とは?亡くなった
場所と最後の言葉 ホームページ引用 

 

 

https://history-men.com/saigotakamori-last/

 

 

西郷隆盛の最後の言葉

 

午前3時50分ごろ、官軍の総攻撃が始まり、砲撃の音が鳴り響きました。

わずか1時間ほどで、西郷軍の本営があった城山の頂上は制圧され、西郷達がいる洞窟に官軍が迫ります。西郷達は洞窟から逃れて岩崎谷口の坂道を下っていきますが、そこにはすでに官軍の兵士が待ち受けていました。🍇👹

そして官軍が放った銃弾が、西郷の肩と太ももに当たり、その場で膝を落としてしまいます。

西郷もここまでと覚悟を決めたのでしょう。傍らにいた側近の別府晋介に向かって、最後の言葉を言います。

「晋どん、もうここいらでよか…」🍅🍊

別府は西郷の言葉に「はい」と頷き、「ごめんやったもんせー」と叫びながら、西郷は別府の介錯を受けて、その人生の幕をおろしました。

1877年9月24日、享年49歳で偉大な人生に幕を閉じたのでした。⛩🥦

 

亡くなった後の西郷隆盛への処遇

 

最終的に、西郷隆盛は政府に対して楯突く形となって終わりを迎えてしまいましたが、敵である新政府軍の指揮官だった大久保利通は、西郷隆盛の死を知ると号泣したと伝えられています。🐟🍉

また、明治天皇は西郷隆盛について「惜しい人物を亡くした」と言い、西南戦争終結直後の宮中の歌会で「西郷隆盛」という題を出しています。この度の過ちで、西郷隆盛の偉大な功績を見過ごすことがあってはならないという意向を伝えられたとのことでした。

そして西郷隆盛の死後十数年を経て、彼の名誉は回復することになります。🍉😆

西郷隆盛が成し遂げた維新の功として、息子の西郷寅太郎が侯爵の地位を授かったことが、その証です。

 

 

 

 

元年9月24日淵野辺の鹿沼公園に行き写しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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